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東京地方裁判所 昭和27年(行)134号 判決 1959年4月22日

原告 今井伴次郎

被告 総理府恩給局長

訴訟代理人 岡本元夫 外三名

主文

原告の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告が昭和三十一年四月二十四日付にてなした原告の普通恩給請求を棄却する旨の裁決はこれを取決す。訴訟費用は被告の負担とする。」旨の判決を求め、その請求の原因として左の通り陳述した。

一、原告は明治十八年四月十八日生れで、同四十四年三月東京美術学校卒業後直ちに東京府立第三高等女学校に教諭として奉職し、昭和十九年十月退職に至るまで勤務した。原告は昭和十八年頃収賄罪で起訴され、懲役一年、三年間刑の執行猶予、追徴金四百円の判決の言渡しを受け、この判決は昭和十九年十月五日確定した。

二、原告は右三年間の執行猶予期間を無事経過したので、昭和二十六年三月三十日付にて恩給局あての普通恩給請求書を東京都教育委員会に提出したが、同年五月三十一日同委員会教育長川崎周一は原告の普通恩給請求権は恩給法第九条第二項により消滅したとの理由で右請求書を原告に対し返戻した。原告は再び被告に対し普通恩給請求書を提出したところ、被告は昭和三十一年四月二十四日付にて原告の請求を棄却する旨の裁定をなした。

その理由とするところは、原告が前記のような判決を受けた結果恩給法第五十一条の規定によりその引続いた在職につき恩給を給することはできないというにある。

右裁定につき、原告は内閣総理大臣に対し訴願をなしたが、昭和三十三年十二月二十七日付にて原告の請求を棄却する旨の裁決があつた。

三、しかしながら、被告の前記裁定は恩給法第五十一条の解訳を誤つた違法なものであるから取消さるべきである。

即ち、刑法第二十七条によれば刑の執行猶予の言渡しを取消されることなくして猶予の期間を経過したときは刑の言渡はその効力を失うのであつて、右猶予の期間の経過により有罪とされたものの全部は消滅して了うものである。従つて、猶予の期間中は恩給を受ける権利はないけれども、その期間経過後は当然その権利は回復するものと解すべきである。

原告は前記のように猶予期間を無事経過したものであるから右恩給法五十一条第一項第二号により一度失つた権利も又回復したものというべきである。しかるに執行猶予に処せられた場合と、そうでない場合とを同一に解し、原告に対し右法条によつて恩給請求権は無いとした被告の右裁定は違法である。

更に、原告は終始同一学校に勤続していたため、その最後において刑事上の処罰を受けたことによりその全部の期間を通じて恩給請求権を喪失するに至つたが、今若し、転々とその職場を変えた者が最後の勤務場所において事故を起し右法条により資格を失つた場合においては、最後の職場における勤続年数のみがその在職年数に加算されないだけで、それ以前の職場における在職年数により恩給請求権を有することとすると(被告はそのように取扱つている)職場を変えなかつた者との間に著しい不均衡が生ずる結果となる。執行猶予の制度は右のような不均衡を救済する為にも活用されるべきであるのに、被告がこの点について考慮を払うことなくして為した本件裁定は不当なものであり取消されるべきである。

被告指定代理人は本案前の申立及び主張として訴却下の判決を求め、その理由として、原告は被告の本件裁定の取消を求める訴を提起するに当り、恩給法第十三条所定の訴願を経ていないものであるから、本件訴の提起は行政事件訴訟特例法第二案に反し不適法なものであるから却下されるべきものである旨陳述し、

本案に対する申立及び答弁として、主文同旨の判決を求め、請求原因第一、第二項の事実はこれを認め、同第三項の主張は争う旨述べ、更に被告の主張とし左の通り陳述した。

原告はその主張するように東京府立第三高等女学校教諭として在職中禁錮以上の刑に処せられたものであるから、恩給法第五十一条第一項第二号により引続いた在職について恩給を受ける資格を喪失したものであり、刑の執行猶予の言渡を受けた者がその言渡を取り消されることなく猶予期間を経過しても、一旦喪失した資格を回復することはあり得ないから、原告が猶予期間を無事経過したとしてもそれによつて恩給を受ける資格を回復する筈がない。したがつて、被告のなした処分は適法であり、その取消を求める原告の請求は理由がない。

理由

請求原因第一、第二項記載の事実は当事者間に争いない。

被告は本件訴は訴願前置の要件を充さない不適法なものであると主張するが、原告は当初昭和二十七年七月恩給を受ける権利の確認の訴として本件訴訟を提起したものであることは本件記録上明かであり原告は昭和二十六年中に普通恩給請求書を東京都教育委員会に提出していたところ数年後になつて始めて原告が本訴において取消を求める被告の処分がありそれに対しては原告は訴願を提起すると共に本訴を右処分の取消の訴訟に訴の変更をなしたもので右訴願については恩給法所定の最終裁決庁たる内閣総理大臣による原告の請求棄却の裁決が昭和三十三年十二月二十七日にあつたことは前認定の通りであるから、本件については被告が指摘する右本件訴提起につき存していたかしは既に治癒されたものというべく、本件訴は不適法ということはできない。

原告は恩給法第五十一条第一項第二号の規定は在職中禁固以上の刑に処せられたものでも、その刑の執行猶予の言渡があり猶予期間を無事経過した者には適用されるべきでない旨主張する。

しかしながら、右法条の規定は在職中に犯罪を犯し前記のような刑に処せられた者は国家から恩給を受けるに値しないという考え方に因るものであり、その犯罪に対し科せられる前記刑が執行猶予せられると否とはこれを区別しているものとは考えられない。このことは、同条同項第一号が刑事罰よりも違法の程度或は情状が軽いのが通常である懲戒等の処分によつて退職した場合でも恩給を受ける資格を失う旨定めていることとの均衝を考えると容易に理解できるところである。又、刑法第二十七条の規定は刑法上の効果として刑の言渡の効力を失わしめ刑を執行しないことを終局的に確定させる趣旨のものであつて、さかのぼつて確定判決がなかつたこととする趣旨でない。そして、執行猶予の言渡を取消されることなく猶予期間を経過した場合において、右刑法上の効果以外に如何なる効力を与えるべきかは、それぞれの関係法令に基いて決定すべきである。恩給法においては前記の通りその第五十一条第一項第二号により在職中禁固以上の刑に処せられた者はその引続いた在職について恩給を受ける資格を失うのであり、その失つた資格復活については何らの規定がない。

以上恩給法第五十一条第一項第二号の趣旨並びに喪失した権利を復活させる規定がない点等を考え合せると、恩給法においては在職中禁固以上の刑に処せられた者はその刑の執行猶予の言渡の有無、又、猶予期間の経過に拘らず総てその引続いた在職について恩給を受ける資格を失わしめているものという外なく、原告の右主張、理由がない。

又、原告は在職中に禁錮以上の刑に処せられた者でも、その執行を猶予され猶予期間を無事経過した場合にあつては裁量によつて恩給を受ける権利を認むべきである旨主張するけれども、右恩給法第五十一条第一項により喪失した資格は、これを裁量により復活させられるものとは解することができないから、原告のこの主張も理由がないというべきである。

よつて原告の請求はその理由がないからこれを棄却し、訴訟費用につき民事訴訟を第八十九条を適用し、主文の通り判決する。

(裁判官 石田哲一 地京拭人 石井玄)

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